意味が伝われば発音はどうでもいい?


こんばんわ。

タイトルの通りです。どう思いますか?

これは外国人に日本語を教える時の最初のテーマです。

皆さんはどう思いますか?

演劇は「気持ち」を伝えるレッスンが多いですよね。

「気持ち」を伝える前に、その発音を指摘されたことはありますか?

完璧な発音が全て!と言っているわけではありません。

子音にも母音にも「許容範囲」というものがあります。

同民族同士だからこその「許容範囲」が。

それに甘えていませんか?

その許容がギリギリの場合、聞き手側の「脳の負荷」を考えたことはありますか?

ちょっと置き換えてみましょう。

目に見えない「発音」「音声」

これを目に見える「文字」に置き換えますね。

皆さん、雑誌や小説など本を読まれると思います。

その雑誌の印刷が「手書き」だったらどうでしょう?

まあ一応読めますよね。綺麗な文字ならば。

では「クセ字」だったらどうでしょう。

一応読めるとは思います。「許容」ならば。

でも、それ小説だとして何ページまで読めます?

途中で閉じるんじゃないですか?

では「許容」を超えたものは?

いわゆく「殴り書き」と言われるもの。

とても読めませんよね?

これ、発音にも同じことが起こっています。

言葉を「目から取り込む」か、「耳から取り込むか」の違いです。

さらに印刷の文字が小さかったらどうでしょう。。。

声の小さい人はこれと同じです。

「聞き手の脳の負荷」考えたことあります?

負荷がかからなかったら、、、

脳はその軽くなった部分を「イメージ」に回すことが出来ます。

「魅入る」「引き込まれる」状態を作り易くなるんですよ。

あなたの発音。

聞き手に負荷を与えていませんか?


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